Steve JobsのStanford大学卒業式での挨拶
https://www.youtube.com/watch?v=UF8uR6Z6KLc
はネット上で公開されていて、私はこの16分ほどの講演を自分の授業(情報英語)の教材として使っています。
彼は、講演の中で、3つの話をしています。
1つ目は、「点をつなぐ」
2つ目は、「愛と喪失」
3つ目は、「死」
2つ目の話は、仕事を中心とした話で、自分で作ったApple社を解雇されたという話が披露されます。3つ目の話は、彼がすい臓がんの宣告を受けたが、幸運にも手術で直る種類の病気だとわかり、だから今ここで話をしているというようなことを言っています。彼はのちにやはり膵臓がんで亡くなっているので、彼も再発後は複雑な気持ちだったと思います。
私がここで言いたいのは1つ目です。点をつなぐというのは、何かをやっているときにはそれが将来の自分にどのように影響するのかわからないが、年を取ってから前を振り返ってみると、いろいろな人生のイベントがみなつながってくるという意味です。
彼の生い立ちの話が出てくるのも、すべて後からいろいろなことにつながっているのですが、特に、大学を辞めたがしばらくは、caligraphy(書体)の授業に興味があって、授業にもぐりこんでいたということが、のちのMacが多くのフォントを持つことにつながったということが中心的に話されています。
私も、自分の歴史を振り返ってみて、確かにその通り(点はつながる)だと思います。
おっと~~~
今日、このブログで言おうとしていたのは、仕事ではなく、読書の趣味においてです。私が昔から好んで読んできた作家の中に林望と中島義道があります。
二人に共通しているのは、いずれも外国に何年も住んで、研究(勉強)してきたということくらい。林氏は文学者で、イギリスで大いに人生を楽しみ、彼の本を読むと彼の楽しみがこちらにも伝わってくるので、私は彼のようには行動力がなく、したがって彼のように人生を楽しんできたとは言えない人間ですが、まるで自分が彼に乗り移って楽しんでいるような気分にさせてもらいました。
中島義道は哲学者ですが、「それおかしいんじゃないの?」と思うことを哲学者的な視点でとらえて、思いっきり言ってくれるものだから、自分の代弁者として見ることもできて(いつもそう思えるとは限らないが)、彼のようには行動できない小さい人間である私が、時に、思い切り自分の思いを社会にぶつけるような感覚を味わえるのが好きです。
今日は、何を言いたいかというと、なんと、中島氏の本(英語コンプレックスの正体」(講談社α文庫)の中で、林氏の話が出てくるのです。はたから見ると、まったく違った性格の二人ですが、中島氏は、イギリスにわたり、彼の地で、まったくイギリス人にこびへつらうことなく好きなように日本人魂を発揮している様子がお気に入りのようなのです。
実は、私自身、日本人が国際会議などに行ったときに少しでも楽に楽しめるような、英語勉強法の本を書きかかっているのですが、「英語は英米人のためだけのものではない」ようになった今でも、そこに英語のお手本を求める、日本人(だけでなく、多くのアジア人もそう)にそれでいいの?と問い直したいと思っているのです。
そう思っているときに、たまたま自分の本棚にあったこの中島氏の本を読んで、20年前に、堂々とこういう主張をしていたのを見て、「つながっている」と感じたのです。そして、さらにその本の中で林氏のことにもつながっていたのです。
この話はまた後日、ここに続きを書くことになるでしょう。
私のブログに興味がある方は、続けて見てくださいね。